めぐろうらいふ

クライミングへたくそ部の部長です。楽しいへたくそクライミングライフ。

辛かった時に救われた本を紹介。「脳科学者の母が認知症になる」認知症に限らず自分や家族の病気で悩んでいる人にお勧めしたい

私は9月が誕生日なのですが、ちょうど誕生日の日にめちゃんこショックなことがあって精神的にかなり苦しみました。そんな時、旦那さんが誕生日プレゼントに数冊の本を贈ってくれて、その1つの本に大変救われたので今日はその本を紹介します!

 

もくじ

 

恩蔵絢子 「脳科学者の母が認知症になる」

脳科学者の母が、認知症になる: 記憶を失うと、その人は“その人"でなくなるのか?

脳科学者として活躍する女性の母上が認知症になり、それまで学問として認知症に携わってきた著者が実際の認知症患者、それも母と接して行く上で苦悩し新たな発見をしていく、というエッセイ。

認知症は「不治の病」「日常生活が送れなくなる」という恐ろしい病気ではあるけれど、それは人間が変わってしまうわけではなく、その人の性格や思考はずっと変わらない、母は母であり続ける。

認知症によって見た目の生活は大きく変わってしまいますが、娘や夫を心配したり、つまらないことで喧嘩になってしまったり、家族旅行をして楽しい気持ちになるということは変化しなかったということが書かれています。

 

私が体験した認知症の話

この著者の方は実母が認知症になったので大変な苦悩があったと思います。

私はリハビリ関連の仕事をしていた関係で認知症の方が身近な存在でしたが、実の親がなってしまったら、どう受け止めていいのか分からないのではといつも思っています。

介護や医療は認知症患者に対しての接し方がかなりマニュアル化(言い方悪いですけど、接し方とでも言っておきましょうか)されているのでコミュニケーションの不具合は多少あれど比較的スムーズに接することができます。

私も数年の訓練でかなり慣れ、認知症の方に対して特別な思い入れは特になく、普通の人と同じように接することができるようになりました。

今でこそ慣れたものの、最初の頃は極度に「かわいそうに」と思ってしまう傾向があり、またその時にいた臨床が緩和の場(最も重症の人たち)であったことから気に病み仕事を辞めてしまうこともありました。

そうしてようやく慣れた今、世間で言われている認知症のイメージって全くもって現実と違うといいますか、私が見てきたものと、世間が言っていることは全然違うなあと思いました。

 

一般に認知症の人に対して偏見を持つ人が多少いて(結構多い気がしています)、認知症について「ボケたら終わりだ」とか「本人は何もわからなくなるからいいよね」とか聞いていました。

しかし認知症は徐々に進行していく病なので、ご本人は物忘れの程度が強くなっていくことを感じるし、周りの人たちに注意されることが増え「何かがおかしい」と自分の変化に怯えます。これは普通の病気も同じことでしょう。

自分の体の何かがおかしいと感じるが、何がどうおかしいのかまでは分からない(病気の症状です)のでかなりの恐怖を感じることでしょう。

そこで年配の方だと自尊心を守るために「おかしくない、自分はまともだ」と周囲の人に言い、それでまた浮いてしまう、なんていうこともあります。

はっきりとはわからないものの、日付や時間が分からなくなっていくことに気づき、カレンダーに印を付けたり、日記に書いて忘れないようにするなど努力する方もいます。

しかしそのカレンダーの印はずれていたり、日記に書かれた文章は意味不明で誰にも読めないようなものだったりします。

認知症が進んでいることを感じている人は、必死です。

そういうものを見てきて、病と闘っている姿勢を見て、ああ認知症とは、人間の根本をひっくり返すようなものではなくて、もっとシンプルなものなのだなあ、と思いました。

確かに恐ろしいかもしれない。考えたくもないことかもしれないけれど、誰もがなりうる病で、身近で、どこかが痛くなるとか、見た目の何かがなくなってしまうような大それたものでもない。

風邪ほど軽くはないけれど、、

これも言い方悪いのですが、人間が生きて死ぬ過程なのだと思いました。

生き物として起きているのだなあ、と感じました。

 

私は1人ではなく、数百と患者を見ましたが、この著者の方は実母たった1人と向き合い、自分の中に沸き起こる苦悩と闘い、乗り越えて行ったようです。

いえ、乗り越えたと言い切るのはおかしいかもしれません。

お母様は今もお元気で暮らしておられるようなので、新たな問題もあったことと思います。

きっとそのたびに悩んだり苦しんだり、そして楽しんだり笑ったりしているのだと思います。

 

私を救った言葉

私はこの本を読んでいるまさにその時、流産してしまい肉体的にも精神的にもかなり苦しんでいました。

思うように体調がコントロールできず、自由に外出することもできず、一方で憂さ晴らしに出かける旦那さんを妬み、当たり、傷つけていました。

そしてこんな悲しい思いを私だけにさせるなんて、ひどい、私だけが苦しんでいる、一人ぼっち。こんなに苦しいのなら、もういっそ居なくなってしまいたい。

そんなことを考えて毎日を過ごしていました。

旦那さんも相当苦しんでいたようです。私はそんな旦那さんの苦しみまで考えることができず、被害妄想と自己嫌悪に溺れ、踠いていました。

 

気分が落ち着いている時にこの本を少しづつ読み進めていましたが、最後の章に私を癒す内容が書いてありました。

 

病になって自分のことが自分でできなくなってしまった人も、私のようにショックなことがあって落ち込んで立ち直れない人も。どんな人でも感情があります。

そして1つの出来事に持つ感情は、「悲しい」「楽しい」とかそんな単純には言い表せなくて、もっと複雑で多様だそうです。

確かにショックを受けて悲しんでいる日々の中でも、天気が晴れるとほんの少しだけ明るい気持ちになったり、お風呂に入ると気持ちがいいなと思ったり、何かしら感情には変化があります。

ずっと落ち込んでどん底の気分が続くわけではなくて、良くなったり悪くなったり変動するものです。

そしてその感情を感じることは、人生を豊かにすることだそう。

私はとても悲しい気持ちで毎日を過ごしていましたが、家族が気にかけてくれたという優しさを感じると、嬉しい気持ちになりました。旦那さんに対して怒り、身体が壊れてしまいそうなくらい震えることがあると、一方で申し訳なく、感謝の気持ちが湧いてくることもありました。

1つの出来事に対して、複雑な、たくさんの感情が、目まぐるしく起きていました。

そのことに気づき、その時の感情をしっかり感じると、怒りも悲しみも自然に少なくなって行きました。

まだちょっと悲しい気分の時はありますが、もしそうなっても、感じればいいのだ、と安心しています。

私が消えてしまいたいほど苦しんでいたのは、きっと自分の感情から逃れようとしていたせいなのだと思います。

 

この本の主題は認知症と脳科学ですが、最後まで読んでいくと家族をはじめ他者との接し方、自分の感情の受け止め方、私にとってはですが、生き方のコツが書いてありました。

読んだ人によって感想は違うと思いますが、私にとってこの本には、今の私に一番必要なことが書かれていたと思います。

 

認知症に限らず人と接する人に読んでほしい

きっと程度に差はあれど、この著者の方が経験されたようなことは誰もが体験することだと思います。

認知症じゃなくても、家族とうまくコミュニケーションが取れず、ぶつかってしまう。

でもそれは誰かが悪いとかではなくて、自分が相手のことを理解できないことが原因だったりする。

相手に何かを求め、その自分の願望がうまくいかないと、相手を責めてしまう。

そしてその時の感情に目を背け、余計に苦しむ。

感情的にならないようにしなければ、と自分を余計に苦しませる。

こんなことってたくさんの人が経験しているのではないでしょうか。

 

認知症のお話ですが、私には人生そのものの学びになりました。

主題とずれた感想なのかもしれませんが、この本のおかげで私は苦しい時を乗り越えることができたのだと思います。

ご興味ある方は是非読んでみてくださいね( ´∀`)

 

ありがとうございました\(^o^)/